
「しごとのきほん くらしのきほん100」や「仕事のためのセンス入門」など多数の著作、中目黒の古書店「COW BOOKS」代表、「暮しの手帖」元編集長、そして最近は、企業の役員を務めながら、DEAN&DELUCAマガジンの編集長でもある松浦弥太郎さん。弥太郎さんの生み出すものには常に「より良く生きるためには?」を考えに考え抜いた思想があるように思います。私(株式会社Mr. Wanderlust代表取締役 佐々木史彦)は以前、弥太郎さんと仕事をご一緒したことがあり、その時にその深い考え方や生き方、その哲学に少なくない影響を受けました。そんな弥太郎さんにスキンケアを通して素敵な男性像について聞いてみました。スキンケアはただケアするだけにあらず、生き方に繋がる行為であるという話は読み応えあり。スキンケアだけではなく日々を生きることに多くのヒントがあると思います。
本日はありがとうございます。色々と話を伺わせてください。まず、最初に弥太郎さんのスキンケアを意識したのはいつだったのでしょうか?
松浦弥太郎:
10代の終わりにアメリカに行きました。その頃にドラッグストアというかファーマシーという薬局が僕にとってはやはりアメリカをすごく感じさせてくれる場所だったんですね。サンフランシスコでもニューヨークでもいろいろな所に行くたびに近くのドラッグストアに行って。そこでスキンケアとか歯ブラシとか歯磨きとかハンドクリームとか、アメリカではものすごい種類があって、その頃日本にはまだそんなに種類がそろっていなかったです。
中学生の時とかに『POPEYE(ポパイ)』(マガジンハウス)に片岡義男さんがすごくナチュラルなものを使っている、インディアンのマークがついたウィッチヘーゼル(Witch Hazel)という化粧水を自分のスキンケアで使っていると書かれていて「ああ、これがウィッチヘーゼルか」と言って購入して、初めて使い方も分からないまま使用したのが多分10代の終わり頃です。
日本の雑誌の中にあるものを、アメリカで初めて現物に触れてたわけですね。
そうです。そこで学んだのは、社会人になっていく男の人たちの一つの身だしなみ。もっと、たくさんいろいろな身だしなみがあるけれども、でもそのうちの一つとしてスキンケアというのは、すごく大事なことだということが10代の終わり頃にアメリカに自分が実際に行って、アメリカの若い人たちのライフスタイルに触れたりすることで、自分に欠けていたものだとすごく思ったのです。
それは何かというとやはり清潔感です。グルーミングという習慣を初めて知りました。恥ずかしながら、僕ら日本人に生まれて、日本の生活・文化で生きていく中で、もちろんお風呂に入ったりとか、日本人はすごく清潔であるけれども、洗ったりすることはすごく丹念にするけれども、ケアについては教わることはありませんでした。そのためケアをするということが一つの身だしなみにつながるし、ある種大人になっていくにつれて、一社会人としての本当に礼儀であるみたいな。
ただ洗うだけではなくケアを重要視していくというのは大人になるための通過儀礼のようなものなのでしょうか。
子供から大人になる儀式のような、大人っていうのはそういうもの。要するに、世の中にはいろいろな違う人たちがいる中で、自分がどう印象を与えるとか、自分を知ってもらう方法の一つとして身だしなみがあると思います。その身だしなみが大切なのだということを知り始めて、スキンケアなりヘアケアなり体のケアなりのことはある種、健康管理の一つなのであると。
それは社会人になって、最優先すべき大切な仕事、自分にとっての仕事であるという認識を自然と身につけました。日本人っていうよりも欧米の人たちは、ものすごく気にします。爪の長さから髪の毛から肌の感じとかも、臭いみたいこともすごく気にします。だから、欧米の文化から影響を受けて、スキンケアなりケアっていうことを私は、自分で心がける大切なことだというふうに自分なりに解釈して身に付けてきました。それが10代の頃。それで20、30、40代と仕事をしていく過程で、コミュニケーションというとても大切で、自分がどんなに優秀であろうと能力があろうと何ができようと、キャリアがあったとしてもやはり、いち人間対人間の関係性から始まるではないですか。ということを考えると相手に与える印象というのは、ある種、敬意であり、礼儀でもあり、健康管理という仕事でもありますよね。健康管理はさらに年を重ねるごとに大切さを感じるようになっていく。
スキンケアも健康管理のひとつであり、相手に対する礼儀であるということですね。
だから、人と会う時は何を着ていくのかではないのです。その日にどう自分のコンディションをつくるか、要するに悪いコンディションで相手の前に出ないかが大切です。どんなにいい服を着ていても肌がぼろぼろで健康そうでなければ、いい服を着ていても一つも役に立たない。でも服は素朴で簡素な物であっても、肌つやが良く、髪の毛も失礼なことのないようにちゃんと切っていて、手にしても肌が見えている所はきれいにしておくことで相手に与える自分の印象とかは大きく変わりますよね。スキンケアは健康管理のひとつであり、自分ができる精いっぱいの相手に対する礼儀になるというのは、年齢を重ねるごとに実感してきました。20代には20代のスキンケアや健康管理があるだろうし、それぞれの年代で自分なりにその時の年齢や調子に合わせてスキンケアについては色々としてきた感じです。
だから長い間、日々新しい方法を見つけたら試してみたけれども、変わらないのは自分の日常生活の中でスキンケアを始めとする健康管理は仕事のひとつであるということ。どんなに優秀だろうと、どんなにアイデアがあろうと、どんなに何ができようと、健康で元気でなければそれは実現できないことですから、欧米では健康管理ということを仕事の一つと捉えて真剣に行っています。スキンケアは表面的なことではないと思っていて、肌に何かを塗ったりすれば肌が良くなると思ったら私は大間違いだと思っています。
何かをするということだけではなく、もっと社会に対する深い考えがスキンケアをはじめとする健康管理にはあるということですね。健康管理という視点だと肌に何かをするだけではなく、食事とか睡眠とか日常生活まで含めたケアであるというところが大切。
そうです、だから、人にはいろいろな疾患があったりアレルギーとかもありますから一概には言えないのだけれども、スキンケアはその人なりの生き方が表れると思います。だから健康そうに見える人、どう見てもこの人はものすごい健康だというのは、やはりその人の生き方が、その人なりの努力があるし、きっと工夫もされているだろうし、元気であるっていうことは、恐らく何と比べても勝ることはない信用につながる。どんなにお金があろうと、地位があろうと、何があろうと、健康そうな人ではない人に仕事を頼みたくないし、一緒にやりたくないし、眠い眠いって言ってる人とか、疲れた疲れたって言ってる人と仕事はしたくないと思いますよね。だがら、自分の健康管理というのは相手に最大の信用を生むのです。そのうちの一つにスキンケアがあるということです。
もちろん肌だけがきれいでは駄目で、体全身、例えば体重とかのバランスとかやはりあるだろうし、適度な運動をすることによることにより自分の所作や動き方にも表れるだろうし。スキンケア含めた健康管理がいかに重要であって自分の人生を左右するかにも及ぶ。それは年齢を重ねれば重ねるほどです。だから、30代の後半から40代、50代になるともちろん、代謝が落ちるし、太りやすくなってくるし、筋力や筋肉も落ちるし、姿勢も悪くなるし。当然なのですけれど、分かっているなら、もう自分でしっかりケアするしかないじゃないですかという感じです。50代でいろいろなものを手に入れたから、もう諦めてしまって別にこれから先は自分がどう印象を持たれようと、自分の名前とキャリアだけで生きていけると言っている人が多いですけれど、そういう人になると、だんだんと見た目がそれを体現していってしまいますね。
健康管理は諦めてしまったら終わりというのは30代後半の僕なんかは身につまされる話です。30代に入ってから如実に健康管理を意識する人としない人が分かれていくと思います。
そうだと思います。そういう人って社会に対するリスペクトがなくなるのだと思います。結局もうお金もあるし、地位もあるし、ポジションもあるから、何かもう社会に対してのリスペクトって自然と減っていくと思うのです。だからこそ気が緩んで、自分の健康管理とかそういうことというのは、きっとおろそかになるのではないかと。だから年齢を重ねれば重ねるほど、20代30代の頃の倍以上、健康管理に時間とお金と意識を使うべきだと私は思います。
20代から想像力を持って未来の自分のためにもしっかりと健康管理をする大切がよくわかりました。弥太郎さんの本を読んでいても、今日のスキンケアの話もそうですが、弥太郎さんの思想の根っこには常に他者とか社会と向き合う中で、どう自分がよりよく生きていくかという視点があると思います。
日々生きていると、暮らしがあったりとか、仕事があったりするけれども、でも全てそれってそこに自分が喜びをいかに見つけていくかってことです。そして、感謝していくこと。喜びが見つかるってことは社会の一人一人に自分が感謝するということ。ではどうやって感謝するかということが大切になってくる。その感謝の仕方って例えば自分が社会の、一つの歯車だったり、一員として自分が世の中に対してリスペクトせざるを得ないし、そうするとそれなら自分の生き方が自分の感謝の形なのだということは、すごく自然なことだと思います。
そしてちゃんと考えないといけないことは、いつも自分は世の中と深く関係しているということです。深く関係しているからこそ、仕事もがんばるし、健康管理をするし、だからこそ自分はいつも感謝、何らかの形で社会貢献をしたいと思います。そういうことの一端というか、そういう社会貢献のひとつが健康管理であり、健康管理のひとつがスキンケアでもあると。これはなかなか結び付きそうでもないのだけど、でも私にとっては自分が健康であろう、健康であり続けることは自分のためというよりも、社会への貢献のためなのです。

それはスキンケアだけじゃなくて、洋服もそうだし、姿勢やたたずまい一つとってもそうであるということなのでしょうか。
そうです。だから全てその根拠っていうか、動機は社会や世の中に対する感謝のお返しです。だって自分がいること自体、これまで生きてきていろいろな経験したり、学んだりとかしてきていることって社会や人から享受されてることがかなり多いわけです。そこに自分がいるわけです。頂いた物を自分がそこで止めるのではなくて、それをやはり循環させていくということは大事で、循環の一つはやはり感謝だと思います。
弥太郎さんにとって理想の男性というか、こういう男が素敵なのではないかというものを聞いてみたいです。
全てに対して喜びを見つけられることがひとつあります。それから、基本的には全肯定で生きる人。悲しいこともつらいことも苦しいことも理不尽なことも自分で肯定できる人です。なぜかというと、全て自分の学びになるからです。ネガティブなことも一つの学びなのだ、こういうことが起きて全部受け止める人がやはりすてきだと思う。
日々ストレスが多い世の中だけども、 そのストレスの中にも喜びとか学びとか何かポジティブみたいなものを見つけていく。
受け止め方です。物事はやはり、一方向からだけ見ていると、それが僕にとっての攻撃かもしれない。だけど違う角度で見てみたらそれはサポートかもしれないし、また違う角度から見たら、それは自分に対する援助かもしれないし学びかもしれない。授かったものかもしれない、いろんな角度があるから、その角度をやはり自分で一方向だけで見ないで、あらゆる角度で見て、結果的には全てを自分にとって良きことだと思って受け止めていく。そういう意識を常に持ってる人というのが大人として素敵だと思います。だから、結果としては全てに感謝をすることだと思います。全てにやはり感謝をしている人というのは、私はすてきだと思います。1日を感謝で満たしている人は素敵だし、やはりそういう社会貢献の仕方というのは、私はすごく素敵だなと。
今ちょうどコロナであまり人と人が直接触れ合わないというかそういう中でも気持ちがなかなか思うように至らない人も多いけれど、物事を前向きに捉えていけるほうが、ウィズコロナやアフターコロナ社会でも、より良く生けると思います。
一社会人というか、一人間として文句をみんな言いすぎだと私は思います。文句があっても後回しで、より先にすべきことはないか。自分が受けて与えられている、その影響を受けて何かことに対する感謝があるでしょう。それより先にするべきことは文句より先に感謝だと僕は思います。だからそれを自分の行動のモチベーションなり、動機にしていくっていうことで起きる誰かと人間同士の関係性、社会の関係性、組織との関係性の中で、新しい何かが起きるわけです。すごいシンプルなことなのに気がつかない方が多いように思います。
確かにシンプルですよね。一方でシンプルなことだからこそ難しいような気がします。
そこは深いところですね。それを邪魔するものに欲望というものがある。結果として欲望とどう付き合うかなのです。だから、先ほど言った素敵な男性とはどういう人かという質問に追加があるとすると、自分の欲望とうまく付き合える人です。つまり優先順位。私たち毎日行っている物事というのはひとつひとつ自分で選択をしているわけです。水で我慢するのか、アイスクリームを食べるのかとか、誰と会おうかとか何を見ようとか何を読もうかとか、全部選択をしているわけです。その優先順位に欲望というものが関わってくるのです。そして、健康であることは仕事で何かを成し遂げる以上に実は難しいのです。
Vol.1はここまで。Vol.2をお楽しみに。